夕闇 |
「小官で、よろしいのですか」
思わず聞き返したのは、自身の能力に自信がなかったからではない。
作戦、すなわちヤン・ウェンリー暗殺を実行する上で邪魔となるだろう存在がいたからだ。
フレデリカ・グリーンヒル。
別に目の前にいる男の娘だからといって、情をかけたりする気はない。
問題は彼女の能力だ。
彼女の記憶力が噂に聞く通りならば、5年前に1度会っただけのバグダッシュを覚えていても不思議はない。
「…貴官が、最適だろう」
返ってきた言葉を鵜呑みにするだけの単純さや純粋さをバグダッシュは持ち合わせてはいなかった。
信用されているのか、人員不足か、…捨て駒か。
魔術師相手に駒を捨てるほどの余裕はないのだから、おそらく残った両方だろう。
“他に人がいない”だけの理由では流石に悲しいので考えないことにした。
「…なぜ、こうなってしまったのだろうな」
そのぼやきが信頼する上官のものでなかったら、バグダッシュは叫んでいたかもしれない。
『貴方が、リンチなんか拾うから!』
しかしため息を吐かせている原因が、娘にあるのか、社会にあるのか、部下たちにあるのかすら掴みきれなかったので、何も言わず夕陽の差し込む窓をみた。
気の滅入る土砂降りはいつの間にか止んだらしい。
バグダッシュは雨が嫌いだ、特に土砂降りの雨が。
姉の心臓を小さな手のひらで包み込み、呆然と立ち尽くすしかなかった日を思い出す。
何者かの力が働いて、証言や証拠は全て退けられ、味方をしてくれたジャーナリストも会社をクビになった。
結局犯人は捕まらず、事件そのものもなかったような事になっている。
そんな社会を継続させたくなかった。
投げた賽が手のひらに戻ってこない以上、理想のために進み続けるしかない。
「……征ってまいります」
おそらく、グリーンヒル大将に会うことはもうないだろう。
思わず娘すら味方に出来なかった男を見つめてしまった。
相手の瞳には、哀れな少年が映っている気がした。
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