恋する5秒前 |
20年くらい前の今頃、1つの事件があった。
ジャーナリストの父が、気合いを入れて追っていた事件だ。
ある姉妹が誘拐された。
我が家の長女と三女が同じ歳だったから、父なりに思うところがあったのかもしれない。
犯され殺された姉の名は、オファニム。
死を鑑賞させられた妹の名は、セラフィム。
二人の姓は……バグダッシュ。
犯人は未だ捕まっていない。
正直、もう捕まるとは思えない。
中佐は今日、休暇をとっていると聞いた。
もしかしたら、怯えているんじゃないかと思った。
思った瞬間、俺の足は中佐の住むエリアに向いていた。
「アッテンボローだ、開けてくれないか」
少しの間を置いて、リモコンでドアが開いた。
勝手に上がって来い、ということなんだろう。
二歩進んだところで、シュンッと音を立ててドアが閉じた。
もう少し歩幅が狭かったら、背中が挟まれていたかもしれない。
「どうしたんです」
中佐の顔色は、予想通りあまり良くない。
だがそれが、気怠げな美女に見えて色っぽかった。
ゆるりとした白無地のワンピースもなかなかよく似合っている。
「心配、だったからさ」
心からの言葉なのだが、中佐に伝わっているのだろうか。
差し入れの袋から中佐は、サンドイッチを1つ取り出して俺に渡した。
……えーと?
「肉は、食べられないんです」
見れば俺が持っているのはカツサンドで、中佐が食べ始めたのはフルーツサンドだ。
今度から気をつけよう。……いや、今度って何だ?
「でも、ありがとうございます」
なぁ親父、今度帰る時は中佐に会わせるよ。
ああ、もちろん彼女なんかじゃないさ。
でも俺、今ちょっと、惚れかけてる。
end
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